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続自由時間のクラシック〔720〕現代の名弦楽四重奏団(SQ)の東京SQを聴く

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  今日の続自由時間のクラシックはアメリカを始め、世界中で活躍し、主に日本人の演奏家で構成されている「 東京SQ 」のアルバムをいくつか選んで聴いてみることにします。このSQは当初、桐朋学園大学の卒業生がアメリカのジュリアード音楽学校で結成したとあります。  メンバの変遷はありながら、44年間も続いた、名門SQです。熱心に集めて、手許に12点も保有しており、個人的には、大好きなSQの一つです。レコ芸500(2017)と他の指南書の推す、アルバムを整理した結果を下に記します。もう少し、アルバムを追加したく、Youtube で検索した結果を下表にまとめておきます。  東京Qだけですと、異なったカルテットが出てきますので、Tokyo String Quartetで検索されることをお勧めします。  いくつか指南書のアルバムが見つかりませんでしたが、ほぼ、揃いそうで充分堪能できるアルバムが揃いましたが、武満作品は見つけられませんでした。 「人となり」を簡単にピックアップしますと「1969年にジュリアード音楽学校において結成された。創設メンバーは全員日本人で、桐朋学園大学の卒業生であり、斎藤秀雄の門下生であった。結成後まもなく、コールマン・コンクールや ミュンヘン国際音楽コンクール などで優勝し、ドイツ・グラモフォン・レーベルとの契約に至った。武満徹の『ア・ウェイ・ア・ローン』の世界初演も重要な業績である。 」とありました。 「1981年に第1ヴァイオリンの原田が脱退し、団体は最大の危機を迎える。残ったメンバーは団体の継続を決定し、後任は日本人にこだわらないこととして、大学卒業間もないウンジャンを新たに迎えた。その後、BMGクラシックス(RCAビクター)に移籍。」ともありました。 又「メンバーは、クヮルテット・イン・レジデンスとして1976年よりイェール音楽院に出講した他、桐朋学園大学をはじめとする世界各地でマスタークラスを開催した。 」とあり、後進の指導も積極的になされていたとありました。  今日は手許のアルバムから「 Brahms; Weber Clarinet Quintets 」を聴きながら、ブログをまとめ、検索できたアルバムから、聴く機会が多くないアルバムから、「 Schumann Piano Quintet  」、「 Respighi "Il Tr...

続自由時間のクラシック〔719〕現代の名ホルン奏者のHermann Baumannを聴く

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  今日の続自由時間のクラシックはドイツ出身の名ホルン奏者の「  Hermann Baumann 」のアルバムをいくつか選んで聴いてみることにします。鍵盤楽器、弦楽器と比べて、演奏家も少なく、地味な管楽器ですが、中でも今日のホルンは少ない、演奏楽器でしょうか。  いくつかの指南書に出ている、ホルンの名曲と演奏家を整理してみましたが、レコ芸では数点推されているだけでした。手許には意外に20人程のホルン奏者のアルバムを持っている様です。今日の「 Hermann Baumann 」は4点保有していました。  指南書と手許保有アルバムを整理しながら、殆ど聴くことのない楽器で、少ないアルバム数だとおもい、この機会にYoutubeで追加検索した結果、驚くほどアルバムがみつかりました、久し振りに寶物を探す感覚で、 大満足でした。 「この楽器を俺に聴けとばかり」いい演奏者に出会いました。  結果は下の表の通りとです。指南書の推すアルバムはほぼ揃いそうです。トピック覧にも数多くまとまったアルバムが投稿されています。もう少しありそうです。是非追加検索ください。フレンチホルンの第1人者の音色がお愉しみ頂けます。  「人となり」の情報が少ないですが、いくつかピックアップしますと、「幼少時からピアノとチェロを学び、ホルンを始めたのは20代に入ってからという。シュトゥットガルト放送交響楽団在籍中の1964年、ミュンヘン国際音楽コンクールに優勝。1967年にオーケストラを辞し、ソロ活動に入る。」とあり、 「ナチュラル・ホルンの先駆者として録音も多い。1993年に脳溢血で倒れたが、現在は健康を取り戻して、楽器も吹いている。」とあり「生地ハンブルクの音楽大学で学び、ドルトムント市立管弦楽団を経てシュトゥットガルト放送交響楽団の首席奏者となる。」 「1964年ミュンヘン国際音楽コンクール第一位。69年フォルクバンク国立音楽演劇大学教授となり、独奏・室内楽活動に転じ、昭和44年とミュンヘン・バッハ管弦楽団と初来日、1974年には独奏者として来日した。」ともありました。フエイスブックが出ています、是非一読ください。 今日は手許のアルバムから「 Holiday For Horn 」を聴きながら、ブログをまとめ、指南書の推すアルバムを参考にしながら、普段聴く機会の少ない曲から、少し頑張って、...

続自由時間のクラシック〔718〕現代の名チェロ奏者のJacqueline Du Préを聴く

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今日の続自由時間のクラシックは、亡くなって随分経ちますが、女性Vc奏者としては比肩する人がいないといわれるイギリス出身の伝説のVcにスト「 Jacqueline Du Pré 」のアルバムをいくつか選んできいてみることにします。弦楽器の中でVnについては多くの女性Vn奏者をお勧めしましたが、チェロや、ヴィオラ、ギター、ハープなどの弦楽器については女性演奏家を、殆ど、採り上げてこなかった様でもう少し、追加する必要があると考えています。 今日の「 Jacqueline Du Pré 」は巨匠に分類される、Vc奏者ですが、完全に失念していました。この現代演奏家シリーズを整理するに付け、忘れていた方を見出せる時期となり、ブログの精度を上げる必要がある様です。 「 Jacqueline Du Pré 」は指南書のレコ芸500〔2017〕では8点、その他指南書をあわせて、下表に整理してみました。手許は25点近くあり、充分満足できますが、さらに、もっとないかとYoutubeで検索した結果を下に記します。集め切れていない、アルバムが数多くあり、早速、マイライブラリーに追加して、後日、じっくり、愉しむことにします。もう少し、ありそうです。追加検索ください。 「人となり」をウキペデア他から、ピックアップしますと、「教育熱心な家庭の次女として生まれたデュ・プレは、4歳の時にラジオでチェロの音楽を聞いたことがきっかけでチェロの演奏を志す。最初、母親のアイリス・デュ・プレからチェロの演奏を習い、5歳からはロンドン・チェロ・スクールで姉のヒラリー・デュ・プレとともに正式に音楽演奏家としての道に踏み出す。才能はすぐに開花し、10歳のときには既に国際的なコンクールに入賞、」 「12歳でBBC主催のコンサートで演奏を行っている。ロンドン・チェロ・スクールの次に入学した、ギルドホール音楽学校ではウィリアム・プリースに師事した、」とありました。、 「正式なデビューは1961年にロンドンで行われた。同年にはエルガーのチェロ協奏曲を録音し、16歳にして早くもチェロ演奏家として国際的な名声を得る。この演奏を行う際に、ストラディバリが制作した60余りのチェロの中でも指折りの銘器と言われる1713年製ストラディヴァリウス “ダヴィドフ”を贈られる。」 「デュ・プレはその後、生涯を通してダヴィドフを用いて演奏を行い...

続自由時間のクラシック〔717〕現代の名ピアニストのAndrei Gavrilovを聴く

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 今日の続自由時間のクラシックはロシア出身でスイスに移住して久しい名ピアニストの「 Andrei Gavrilov 」のアルバムをいくつか選んで聴いてみることにします。つい最近、来日され、演奏会を開かれたそうですが、あまり、存じ上げない、演奏家でした。手許は2枚持っているようですが、これまで聴いた記憶がありません。  指南書のレコ芸500(2017)では5点も推されている、有名ピアニストの一人でしょうか、名前からロシアの人の様で、昨今のウクライナ戦争から、避けていましたが、亡命した、スイス人で有るとのことで、ブログに採りあげるあげることにしました。  2点では心細いので、早速、Youtubeで追加検索してみました。指南書の推すアルバムはほぼ揃いそうです。やはり、ロシアの作曲家の作品が多いですが、バッハ、ショパン、ラヴェルなども得意とする演奏家のようです。チャイコフスキーコンクールの覇者だけあって、日本の評論家の評価も根強い演奏家でしょう。  「人となり」をいくつか簡単にピックアップしますと「アンドレイ・ガブリロフは、1955年にモスクワの芸術家一家に生まれました。父ウラジミール・ガブリロフは有名なロシア人アーティストであり、母はハインリッヒ・ノイハウスの著名なピアニストでした。ガブリロフは母親からピアノを教えられた後、1973年にタチアナ ケストナー教授のもとでモスクワしました」 「国立音楽院の中央音楽学校を卒業しました。同年後半、彼はモスクワ音楽院に入学し、レフ・ナウモフ教授のクラスで学びました。アンドレイ・ガブリロフは1974年、18歳でチャイコフスキー国際コンクールで優勝し、同年、ザルツブルク音楽祭でスヴィアトスラフ・リヒテルの代役を務め、輝かしい国際デビューを果たしました。」とありました。   また「彼はミハイル・ゴルバチョフに自由を請願することに成功し、政治亡命を申請し、西側に滞在する許可を与えられた当初の芸術的認可家になりました。」ともありました。ウクライナと交戦中のロシア人と思っていましたが、スイスに亡命した演奏家だそうです。日本への入国の制限もなかったそうです。  早く、戦争をおえ、多くの音楽家が自由に渡航できる日が待ち遠しいと思うのは筆者だけでしょうか。このブログでも数人のロシアの方の投稿を控えています。  手許のアルバムが「 Rachmanino...