京都撮り歩き(38)洛北の修学院離宮を巡る
今日の 京都撮り歩きは洛北の修学院離宮をご案内します。京都・北山の山並みがどこまでも広がる比叡山の麓にあるこの庭園は幕府との抗争に疲れ、退位した、後水尾上皇による、理想郷として、作られた庭園として、有名です。 三つの茶屋からなり、松並木でつながる広大な敷地を有しています。
当初は上下の離宮でしたが、娘の朱宮親王(家康の孫)の御所から移設された、中の茶屋と合わせて、3つとなったそうです。明治になり、宮内庁に移管されたとある。見所は上の茶屋から、臨む、「浴龍池」と北山、西山の空を借景にした庭でしょうか。現在は垣根で区別がありますが、昔は田園の中に、ぽつんとあったようです。説明してくれた、係りの人によると、夏の見学は避けたほうが良いとのこと。歩き疲れて気分を悪くする観光客がいるそうです。今回も多くの外国の人と一緒に廻りました。
現在は、集合場所に参集して、現地で受付後、無料で巡ることができますが、9時の1番乗りをお勧めします。
ルートは叡山電鉄一乗寺駅で下車し、音羽川を上り、この、修学院離宮、そして、曼殊院、詩仙堂を経て、また、一乗寺駅まで戻るルートはいかがでしょうか。
時間が許せば、赤山禅院(都の鬼門を守る寺)に寄ってから、曼殊院、詩仙堂へ廻ることも可能でしょう。筆者は時間の関係で、ここ修学院だけ、個別に訪れました。京都御所、仙洞御所、(桂離宮)も別々に廻ることになります。
ここはかなり写真を撮った様で、各御茶屋別に、スライドをご用意いたしました。なお、修学院離宮を事前に知る参考書は次の資料をお勧めします。こんな素敵な庭園は日本有数の財産です。是非、機会を見つけて、ご覧ください。
①日本のかたち 「庭園」 山と渓谷社 中村著
②京都の文化財 淡交社編集局
③春夏秋冬 京都四季めぐり 小学館編
④京都の空間意匠 光文社新書 清水編
a)庭を巡る b)空を借景にした庭
今日の寺社データ
ブログ公開日
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2010/4/17
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登録番号
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京都撮り歩き(38)
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場所名
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修学院離宮
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魅力メモ ウキペデア
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修学院離宮は京都市左京区修学院の比叡山麓にある皇室関連施設。17世紀中頃に後水尾上皇の指示で造営された離宮である。谷川を堰き止めた人工池を中心とした広大な庭園とその関連建物からなる。桂離宮・仙洞御所とならび、王朝文化の美意識の到達点を示すものとなっている。宮内庁京都事務所が管理している。
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アクセス・連絡先
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叡山電鉄、一乗寺駅から徒歩20分 詳細は公式HP
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行き先分類
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洛北
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エリア分類2-1
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修学院離宮、(赤山禅院)、曼殊院、詩仙堂へ赴く
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足を伸ばして一緒にいかが
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修学院離宮、(赤山禅院)曼殊院、詩仙堂、
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追加エピソード
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離宮を見学するには事前に宮内庁の許可が必要です、是非申し込みをして、普段は味わえない特別感を満喫しましょう。修学院離宮の参観を希望される方は、次の要領でお申込みください。参観は係員が日本語でご案内します。また、外国人の方のために英語・中国語・フランス語・韓国語・スペイン語による音声ガイドの貸出(無料)をしていますので、現地受付にて係員にお申し付けください。申込み定員があります
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鑑賞ポイント
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上御茶屋、中御茶屋、下御茶屋
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行事・特別公開
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お勧め建物
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修学院離宮は上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼び習わす3か所の庭園からなり、面積は54万平方メートルに及ぶ。
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特殊建物
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寿月観(じゅげつかん)、楽只軒(らくしけん)・客殿、窮邃亭(後水尾上皇時代の建物)、千歳橋、舟屋、土橋、隣雲亭
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お勧め文化財
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中茶屋 違い棚、襖絵、燈篭類(袖方灯篭、櫓形灯篭)
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お勧め仏像
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お勧め絵画
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中茶屋の違い棚 地袋の「友禅染め工程」、漢詩、杉戸絵(楽只軒の杉戸に描かれている、鯉(こい)の絵)
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お勧め庭
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敷地は上・中・下の御茶屋のほか、周囲の山林や水田も含めて54万5千平方メートルに及ぶ。上・中・下の御茶屋の間に広がる、実際に耕作されている水田をも風景に取り入れている。この水田は昭和39年(1964年)に宮内庁が買い上げ、地元農家と契約を結んで耕作させている。上・中・下の御茶屋の間を結ぶ松並木の道は、もとはあぜ道であったが、明治18年(1885年)の中御茶屋併合後、明治天皇の行幸に備えて拡幅整備し、松を植栽したものである。
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パワースポット
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花暦 花・時期
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紅葉の頃 11/中ー下旬
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京都観光NAVI
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明暦2年~万治2年(1656-59)後水尾上皇が比叡山麓に造営した広大な山荘。約54万5000平方メートルの敷地に上・中・下3つの離宮から構成され、いずれも数奇な趣向の茶亭等が閑雅にめぐらせた池の傍らに立つ。自然と建物の調和が絶妙。問合せ先:宮内庁京都事務所参観係
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その他情報1
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現在離宮は上・中・下の御茶屋から構成されており,上御茶屋はこの隣雲亭を中心に計画され,広大な苑池(浴龍池<よくりゅうち>)と中島をつくり,その中島には窮邃亭(きゅうすいてい)があります。また,池には中島に渡る楓橋・土橋,中島と万松塢(ばんしょうう,大きな2個の石をいただく島)を結ぶ千歳橋が架けられ,隣雲亭からは,遠く鞍馬・貴船・岩倉・松ヶ崎・愛宕の山々を背景に,京都の市街が一望できます。
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その他情報2
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一方,山麓に営まれた下御茶屋は,上皇が御幸の際に御座所とした使用した寿月観(じゅげつかん)を中心に,茶室蔵六庵(ぞうろくあん)・御清所(台所)などの付属建物を配しています。 また,中御茶屋は楽只軒(らくしけん)・客殿(きゃくでん)などからなり,後水尾上皇の没後,第八皇女朱宮(あけのみや)光子内親王(てるこないしんのう)によって建立された尼門跡寺院林丘寺(りんきゅうじ,現左京区修学院林ノ脇)が隣接しています。
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公的案内
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下記
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修学院離宮の建造物概要
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下御茶屋
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池泉観賞式庭園のなかに、後水尾院の御座所となった寿月観が建つ
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寿月観 - 後水尾院行幸時の御座所となった建物
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中御茶屋
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後水尾上皇の第8皇女・光子(てるこ)内親王のために1668年(寛文8年)造営された朱宮(あけのみや)御所が前身である。
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楽只軒 - 瓦葺、杮庇の建物。軒名は『詩経』の「楽只君子万寿無期」によるもので後水尾院の命名である。
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客殿 - 楽只軒の南東に接して建つ。東福門院の女院御所の対面所を移築したものである
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上御茶屋
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巨大な人工池の浴龍池(よくりゅうち)と大刈込を中心とした壮大な庭園である。萱葺きの御成門を入ると、右は山道、左は池畔の道となる。
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隣雲亭、窮邃亭、千歳橋
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公的案内
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【参観開始時間】
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詳細は上の案内を参照ください。月曜日X年末年始X
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【定員】
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【参観所要時間】
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午前 9時,10時,11時 ,
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午後 1時30分,3時 (計5回)
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各回50名
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約80分
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①下茶屋
下茶屋「寿月観」の入り口の門、質素ですが素敵な棟門です。
扉の細工もご覧ください。
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「寿月観」です。下茶屋詳細はスライドごらんください。
素敵な燈篭もごらんください。
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②中茶屋
「中茶屋」門です。下茶屋から松並木道を歩くと中茶屋に達します。
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「客殿内部」です。畳床と違い棚 、漢詩と地袋の「友禅染め」の工程の絵など
見所が一杯です。中茶屋もいくつかスライドご覧ください。
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③上茶屋
「隣雲亭」です、標高149mで東側に滝があります。
遠景と池を望めるにいい場所の御茶屋です。
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「隣雲亭」の縁側と「一二三散らし」の敷き石です
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「千歳橋」です。寄棟つくりと高欄は見所です。
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「浴龍池」と舟屋、堤 詳細はスライドを用意しました。
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②中茶屋スライド
③上茶屋スライド
最後までご覧頂き、ありがとうございます。コロナ騒動が終われば、ぜひ、いかがでしょうか
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