京都撮り歩き(14)京都の代表的な庭園の見所&庭園用語

 今日の「京都撮り歩き」は京都の代表的な庭園27箇所を選んで、歴史的な背景と、意匠を整理してみました。京都は日本で珍しく、庭園が集中して、作られ保存されている都市です。この庭園が多くの人を魅了しますが、事前にいくつかの知識を持って、訪れると、より愉しく見学できるようです。
 今日は「京都名庭を歩く 宮本健次著」という指南書に沿って、代表的な庭園を巡ります。紙面の関係で、各寺、詳細は記述できませんので、ほんの、ポイントだけとなります。この本を片手に、巡っていただくものとして、整理してみました。既にご説明した、空間意匠ポイントを付記しておきます。
 次は2項に庭園を見る上で、形式、構成など最小限の専門用語の意味を簡単に記しておきます。短時間でみるには、この、庭園の形式、構成要素を事前に掴んでおく方が、効率的です。

1、代表的な27箇所の名庭の見所と意図

「京都名庭を歩く」では27箇所の庭園を次の12章に分類して、世界遺産を含む、庭園群を新たな、庭園観で巡っています。庭が存在する背景をより深く理解するには、是非、一読いただくのが、ベストですが、このブログでは本文の表題点のみを記しておきます。イ、ロは文庫本で寺社巡る際、携帯に便利で、解説も面白く、特にお勧めです。ハは庭園の撮影ポイント(99箇所)に必須です。

  参考資料  イ、「京都格別な寺」 光文社新書 宮本健次著
        ロ、「京都名庭を歩く」光文社新書 宮本健次著
       ハ、「名庭園」   光村推古書院  水野著


①日本庭園の原形       最古、最上の庭園、登竜門の語源   2箇所
②あの世を再現する      極楽浄土を立体で表現する。     2箇所
③勝者と敗社のモニュメント  剃髪も信仰も権力のため、逃避の作庭 2箇所
④一期一会の空間       利休と秀吉の対立、茶室の意味する所 2箇所
⑤普請狂、秀吉の死期と庭   死への不安、浅かるぬ、因縁     2箇所
⑥秀吉の神格化と阻止する家康 秀吉の神格化と阻止する目的の庭   3箇所
⑦王権としての庭       朝廷の権威、王権剥奪のための庭   2箇所
⑧日本庭園を否定       西欧文化と庭全面の花壇       1箇所
⑨石庭のエキスパート     黄金分割の庭園、西欧デザインの庭  2箇所
⑩庭園史の謎         謎の石庭、茶室は誰が        2箇所
⑪作者と創建年代の謎     日本建築のシンボル、遠州作、類似  3箇所
⑫反骨の天皇の内なる声    苦渋の天皇、山への憧れ、隠棲の地  4箇所

京都格別な寺社*テーマ概要*イ名庭を歩く*ロ京都名庭園*ハ意匠ポイント空間意匠を愉しむ*7
天龍寺夢窓礎石の寺日本庭園の原型池泉廻遊間をとる
西芳寺夢窓礎石の寺日本庭園の原型くずす・ずらす・間をとる池庭部分・古びてゆく庭
平等院極楽往生の寺あの世を再現する池泉舟遊水を生かす隔てられた極楽浄土
浄瑠璃寺極楽往生の寺あの世を再現する池泉廻遊水を生かす池の中の極楽浄土
慈照寺室町将軍の光と影勝者と敗者のモニュメント池泉舟遊見立て月を愛でる庭
鹿苑寺室町将軍の光と影勝者と敗者のモニュメント池泉舟遊見立て
妙喜庵一期一会の空間
三千家の露地一期一会の空間   ー
西本願寺豊臣秀吉の神格化普請狂・秀吉の死期と庭
醍醐寺豊臣秀吉の神格化普請狂・秀吉の死期と庭池泉鑑賞組む五重塔
智積院徳川幕府の策略秀吉神格化阻止池泉鑑賞
神泉苑特別な庭王権としての庭池泉舟遊
二条城徳川幕府の策略王権としての庭池泉廻遊くずす・ずらす雁行する建物と内部空間
仙洞御所特別な庭日本庭園の否定巡る
南禅寺日本建築の革新者石庭のエキスパート枯山水組む・水を生かす三門・水路閣
大徳寺 大仙院特別名勝石庭のエキスパート枯山水見立て・巡る・間をとる風景を真似る
竜安寺日本建築の革新者庭園史上最大の謎を推理枯山水・池泉舟遊見たて・ずらす・間をとるイメージを喚起すr石組 石配置の妙
高台寺 傘亭、時雨亭庭園史上最大の謎を推理  ー
曼殊院日本建築の革新者作者と創建年代の謎枯山水くずす・ずらす雁行建物からみる庭
桂離宮特別な庭作者と創建年代の謎ー 見たて・水を生かす・巡る抽象化する風景、水を使ったスケール感
詩仙堂特別な庭反骨の天皇の内なる声唐様奥深さ・透ける透ける小有洞の門、自然の中の庭
修学院離宮特別な庭反骨の天皇の内なる声ー 巡る上の茶屋
円通寺特別な庭反骨の天皇の内なる声生けどる遠景・中景・近景の妙
法観寺反骨の天皇の内なる声組む五重塔


2、庭の用語集

京都の庭を知る上で、作庭家の意図を現地で理解できれば、いいのですが、いずれの庭も様々な形式と構成で出来上がっています。庭園独特の呼称が有り、見学先でも「これは何だろう、目的は」と興味がつきません。庭園の用語を事前知識として、もたれることをお勧めします。今日は少し、多くの指南書に記載されている、用語を整理してみました。勿論、非常に詳しい、Webも公開されていますので、さらに、探求されるかたは、追加を検討ください。京都の特化した、「京都名庭園」と「京都の文化財」はお勧めの参考書です。ハはスケッチが詳しい本です。

   参考資料 イ、「日本のかたち 庭園」 山と渓谷社 中村著 京都の離宮と全国の庭
        ロ、「京都名庭園」 光村推古書院  水野著
        ハ、「京都の文化財」淡交社編集局編
        ニ、web他 

a、庭園の様式

庭園の様式
池泉回遊式中国から伝わった蓬莱神仙思想の影響からか、古くから日本庭園に多くみられる形式。池中に島を築き 神仙島を表現し、長寿や永劫の繁栄を祈った
舟遊式舟を浮かべて観賞する庭
廻遊式池の周囲をめぐって観賞する庭
鑑賞式書院等の室内から観賞する庭
枯山水式水を用いず、石や砂利などで山水の風景を表現するもの。主に山の斜面に造られた前期式枯山水と、寺院の平庭に造られた後期式枯山水の二種類に分類室町時代中期の応仁の大乱後、復興した京都の禅寺から発祥したと考えられるもので、水を用いず白砂などを敷き詰めて水景を象徴し、そこに石を組んだ様式の庭園
浄土式庭園平安時代後期から鎌倉時代にかけて盛んになった阿弥陀信仰に基づく庭園、平等院、浄瑠璃寺
須弥山式庭園百済(くだら)から渡来した人物の中に山岳の形をつくるのに巧みなものがおり、天皇は彼に命じて宮廷の南庭に須弥山(しゅみせん)と呉橋(くれのはし)を構えさせた平坦な広場として実用的に使われていた「庭」に小池を掘り、小島を築いて観賞の対象としての「庭園」が造られた
借景式庭園庭園の周囲の風景を単に背景としてとらえるのではなく、作庭の重要な要素として用いること。平安時代にはすでに借景は確立されていたと考えられ、代表例として「西芳寺」の縮遠亭(しゅくえんてい)における東山、「修学院離宮」の上の御茶屋における比叡山があげられる。明治時代以降の庭では「無鄰菴」と東山
縮景式庭園 庭園の題材・主題となる風景を縮小して再現することで,特定の名勝地を模写縮小した象徴的な庭園を縮景庭園という。
茶庭茶庭は静謐な精神性が盛り込まれ、千利 休(1522 ~ 91 年)によって完成された茶道 と関連して発達しました。茶庭は人工を排し てごく自然な外観を保つよう造られており、 ここを通って茶室に向かいます。今日の日本 庭園は、飛び石や石灯籠、植栽など、茶庭から受け継いだ多くの要素を取り入れていま
す。客が茶を供される簡素な設計の茶亭も、
茶庭に起源を持つものです
書院造庭園書院造原型とされる東求堂がある銀閣寺庭園(書院造庭園、室町時代)書院造庭園は、武家住宅の書院造に伴う庭園様式であり、書院の着座位置から庭景を鑑賞することを意識し築造され、浄土式庭園に近い様式をとっています。書院造庭園は、室内からの限られた視線の方向と範囲の中に池や中島等を配置して日本の名所などを表したようです。

b,庭園を構成する、付属物の用語集抜粋

庭園用語集
www.ifnet.or.jp › ~chisao › yougo
用語名意味適用
白砂京都北白川付近から産出する花崗岩で、風化して砂となったもの。あるいは砂状に砕いたもののことをいう。砂状と入っても3~15mm位までの大きさのものがあり、三分(1cm内外)のものが一番よく使われる。枯山水
石組いくつも自然石を組み合わせることを石組といい、石組は庭の景観を大きく左右する要素。日本庭園の主役といってもいいもの。石組が示す庭の主題は、以下の3つに分けられる。1.「神仙思想を表すもの」蓬萊(ほうらい)石組、鶴亀石組、夜泊石(よどまりいし)、舟石など2.「仏教思想に基づくもの」三尊石組、須弥山石組(しゅみせん)石組など3.「民間信仰の表現」七五三石組、陰陽石など枯山水
石組・三尊石仏像の三尊仏のように、中央に背の高い主石(中尊石)を、左右に主石より低い添石(脇侍石)を配した構成で、もっとも基本的な意匠です。背の低い石を組み合わせた形式のものを品文字石組と呼ぶこともあります。枯山水
書院造庭園武家住宅庭園として発展していった一方、禅宗寺院などでは枯山水庭園られていきました枯山水
延段路地における園路の舗装方法のことで、切石敷き、寄せ石敷き、玉石敷きなど、様々な方法があり、またその石などの敷き方によって、真、行、草とわけて「これは真の延段」などの言い方もする。露地
1.「柵状に組んだ透かし垣」四つ目垣、金閣寺垣、龍安寺垣(りょうあんじがき)、光悦寺垣(こうえつじがき)、矢来垣(やらいがき)など2.「塀状に組んだ遮蔽垣(しゃへいがき)」建仁寺垣、銀閣寺垣、木賊垣(とくさがき)、鉄砲垣、御簾垣(みすがき)など3.「細い竹の編み組み垣」大津垣、網代垣(あじろがき)など4.「竹の穂や木の枝の垣」竹穂垣、桂垣、蓑垣(みのがき)、松明垣(たいまつがき)、柴垣など
護岸池の周囲にある岸の崩れを防ぐ役割を果たしている部分を護岸といいます護岸の形式は色々あり、石積みだったり、木の杭が連続的に打ち込まれていたり(乱杭)、洲浜状になっていたり、それ以外にも様々な形式があります。また、それらを組み合わせて、池周りを構成することもあります。最もよく見る形が石積みの護岸ではないでしょうか。池泉式
沢渡り池中や流れを渡るために水中に石を配置するもので、枯山水の場合も同様の表現方法をとる。用と景を兼ねたもので、自然石や橋杭石などを用いる。池泉式
植栽石が永遠性のシンボルに対し、 植物は、四季とともに成長して、やがては枯死してゆく「生き物」であります。西洋の庭園が草花などの色彩を 中心にデザインされるに対し、中世の禅宗寺院の枯山水や露地では、緑や紅葉以外の色彩は意図的に抑えられてきました。造園では、庭に景観、美観をもたせるために樹木を植栽しますが、同時に樹木のもつ機能を生かして植栽することもあります。使いかたによっては、境界・遮蔽・防風・防音・防火・防潮・減暑効果など、さまざまな機能を持たせる事が出来ます。
砂盛その昔祭神が最初に降臨になったのは神社の後ろにある円錐型の立砂(たちすな) 『たつ』とは神様の御出現に由来した言葉である。美しい形をした神山(こうやま)である。立砂はこの神山にちなんだもので一種のヒモロギ〔神様が降りられる憑代(よりしろ)である。鬼門・裏鬼門にお砂をまき清めるのはこの立砂の信仰が起源である。つまりお清めのお砂の始まりである。枯山水
砂紋枯山水庭園は室町時代の中頃から作られるようになった様式で、水を使わず砂や石で水の流れや山を表現する。中でも水を表現するのに重要な役目を果たしているのが白砂に描かれる砂紋。触っても冷たい水は無いけれど、この模様があるからこそ水を感じる枯山水
州浜日本庭園では自然の景を写すことが重要なテーマで、日本各地の海や海岸線を模した池泉がつくられた。その際に、砂浜を表すために用いた手法が石を敷き詰めた州浜。「桂離宮」では州浜の岬がつくられ、「仙洞御所(せんとうごしょ)」でも繊細な州浜が見られる。また、「平等院」では近年の発掘調査の結果に基づいて、中島の周囲や汀(みぎわ)の一部が州浜に改められた。池泉式
関守石ゴロタ石をシュロ縄などの飾り紐で十文字に結び、これを飛石上に置くことでこれより先の出入りを禁ずる役目を果たすもの。露地内における用と景の両面を併せ持つ露地
添水京都詩仙堂の庭に見られるもので、流水を竹筒に導き、その作用で石の頭を叩き、竹筒の音によって獅子を追ったものをいう。獅子は猪などのこと。この施設の名を添水唐臼といい、略して添水といっている。
風景的石組の一種で、自然の滝のように、庭園内に水を落とす景色を造り、同時に造形美としての石組を見せたもの。当初から水を落とさない象徴的な滝は「枯滝石組」といいます。滝身の部の不動石(守護石,滝副石,立石などとも呼ばれる),童子石,石座石(蓮花石とも呼ばれる)や、滝壷部の水受石,水分石などの役石によって構成されます。滝石組に鯉魚石りぎょせきを配し、 龍門瀑りゅうもんばくを表現した祝儀思想的石組もあります。 金閣寺や天龍寺のものが名高い。
滝石組石で組まれた滝のことで、水を落とすように石を組むが、池泉庭園や枯山水などで、最初から水を落とす意志が無く組まれた枯滝石組も、同様の名称を用いる。またこれとは逆に、元々は水が流れていたものが、現在では涸れてしまっていることから、枯滝石組と称しているものもある。例として京都天竜寺や西芳寺などがそうである。枯山水
手水鉢水浴みによって身体の汚れを洗い清めると同時に、心の罪やけがれをも祓うことができるとするミソギを簡略化させた形の手水鉢は、寺社によく備えられています。この、手を清め口をすすぐための手水鉢が庭の中に持ち込まれるようになったのは、石灯篭の場合と同じように、やはり茶の湯の関係からと考えられています。手水鉢には、古い石塔や燈篭などの部分を流用して水穴を掘り手水鉢にした『見立物手水鉢』と、最初から各茶庭や庭園に合わせて設計された手水鉢『創作形手水鉢』、天然の石に水穴を掘った『自然石手水鉢』、神社や寺院に参拝用に置かれているような『社寺形手水鉢』があります
露地の茶室前に用意された、手水鉢のひとそろいを蹲踞と呼び、露地で最も重視されるもの。蹲踞を構成するのは、手水鉢を中心に、手水を使うために乗る前石、温かい湯を用意する湯桶石(ゆとういし)、手燭(てしょく)を置く手燭石、こぼれた水を受ける海といった役石。手を洗う際に身をかがめる(つくばう)ことから、その名が付いた。役石の組み方は流派によって違いがある。
鶴島・亀島蓬莱式庭園の様式の一つで、亀島に対する鶴島の形で、池泉庭園ではもちろんのこと枯山水庭園にも用いる。鶴の表現としては、立石を一個か二個用いることによって、鶴の姿を抽象的に表現している。また松を植えることもある
灯篭石灯籠の起源は本来仏教の献灯にあると考えられています。それがまず照明と添景のため、露地に取り入られるようになりました。茶庭から始まった石燈籠は、やがて他の様式の庭にも用いられるようになり、「用と美」の兼用で用いられていた物が、書院式庭園のように単なる装飾物として使われるようにもなりました。石灯籠は「立燈籠」,「生込み燈籠」,「置燈籠」に大別されます。
飛び石・敷石歩行のときに、土や雨の雫などで、着物や草履が汚れないように、庭に打たれたもの。実用的な「用」と観賞的な「美」のため用いられます。複数の石を短冊形にまとめたものを「敷石」,「延段」、ひとつひとつ打たれている物を「飛石」といいます。(『真の飛石』,『行の飛石』,『草の飛石』とも言う。)枯山水・露地
中島池泉につくられた島。半島を示す出島と区別するために用いられる名称。古来、日本庭園の池泉には島が付きもので、浄土式庭園では極楽浄土を表す三神山(さんしんざん)と呼ばれる3つの中島がつくられた。「作庭記」には、中島は盛り土でつくってはならないと記され、あらかじめ中島となる部分を残して掘らなければ水に浸食されて壊れてしまうと説かれている。池泉式
日本庭園の重要な要素である池泉や水流にかけられる橋には、土橋や木橋、石橋などの種類があり、形式には、平橋、反橋、太鼓橋、八橋、屋根付きの亭橋(ていきょう)などがある。反橋はこの世とあの世の結界という意味をもち、浄土式庭園では東から西へ反橋がかけられ、八橋は「伊勢物語」に基づいた木橋で、杜若の群生の中に「く」の字形にかけられた。池泉式
庭園を囲い敷地内を区分する連続した壁。寝殿造庭園では板塀(いたべい)に板葺き(いたぶき)屋根付きの立蔀(たてじとみ)が一般に用いられたが、傷みやすい欠点があり、浄土式庭園や書院造庭園では漆喰塗(しっくいぬり)の間仕切壁に瓦葺き(かわらぶき)の瓦塀、粘土を打ち固めた壁に瓦葺きや杮葺き(こけらぶき)の築地塀が用いられる。枯山水庭園では「龍安寺」石庭のように、塀が景色に果たす役割も大きかった。
待合茶の露地の中にあって、腰掛け待合いともいう。茶事の際、亭主からの迎付けがあるまで、待っているところ。この部分にも正客以下の役石がある。露地
遣り水奈良時代から平安時代の庭につくられた、池泉に流れ込む細く曲がった水路。自然の小川をモデルにしたもので、寝殿造庭園では建物の床下を通り、池泉に注いでいた。遣水には、水面下に置く底石、水を分流するための水切石、護岸石とそれを支える詰石、幅の大小を調節する横石、凹凸をつくる水越石などを用い、創意工夫した表現がなされた。池泉式
露地(茶庭)とは室町時代に茶室へと至る通路を「路地」と呼ばれる。その後、豊臣秀吉の側近である茶人・千利休が小さな茶室で粗末な道具での茶会を楽しむ「わび」文化を確立。この時代に、わび・さびを基調とした茶庭が「路地」から、より次元の高い「露地」へと昇華される露地
露地門露地の入口にある門のこと。屋根材によって呼び方が異なっている。藁葺き門、瓦葺き門、竹葺き門、柿葺き門、檜皮葺き門など。露地

コメント

このブログの人気の投稿

名作をYoutubeで聴く(29) 山本周五郎&松本清張の作品を聴く

名作をYoutubeで聴く(30) 藤沢周平&乃南アサの作品を聴く

名作をYoutubeで聴く(36) 新田次郎作品を聴く