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10月, 2021の投稿を表示しています

名作をYoutubeで聴く(44) 水上勉を聴く

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 今日の名作をYoutubeで聴くは 流行作家として、活躍され、 膨大な小説や随筆の作品を残し、 原作が多数、 映画化、TVドラマ化された「水上勉」の作品を朗読でいくつか聴いてみることにします。福井県出身で、京都の禅寺に預けられ、不遇の時代を過ごしたことでも知られています。  代表作の「雁の寺」は孤峯庵は架空のものであり存在しないが、『孤峯庵から、等持院の裏林に出て、東亜キネマの撮影所のわきから、白梅町に出た。 北野天神をぬけて、上七軒を通ればすぐ千本今出川であった。 慈念は背がひくいわりに、足が早かった』といった記載があり、この界隈を舞台としている。」といわれています。  手許には朗読作品は「雁の寺」だけで、Youtubeで他の朗読作品を期待しながら、検索しましたが、殆ど、みつかりませんでした。昨日の「司馬遼」と大きな違いがあります。内容が独特で、朗読として採りあげる機会が少ないようですが、幸い、原作を映画化(映像は古いですが)された作品がいくつか視ることができます。懐かしい俳優がでてきます。  水上勉については、ウキペデアに詳細に「人となりと作品紹介・作風など」が載っていますので、一読ください。いくつか、ピックアップしてみると「水上自身は「週刊誌も月刊誌もどこでも殺人小説を歓迎していた。ところが当人の私は『雁の寺』を書いて、毎晩うなされるようになった。人殺しのことばかり考えてそれを書きつづけてくたくたになる日常は、異常であった」「小説を書く気力を失っていった。考えたことは『誰を殺すか』ではなくて、『誰を生かさねばならぬか』ということのようであった」(『金閣と水俣』)と考えており、直木賞受賞を機に師の宇野浩二や中山義秀からも人間を書くようにと言われたことで推理小説からは遠ざかるようになった。」とあります。  又、「『五番町夕霧楼』と『金閣炎上』は金閣寺放火事件がモチーフであり『五番町夕霧楼』について奥野健男は、三島由紀夫の『金閣寺』が「敗戦により挫折した世代の一員としての共感と、唯美主義の立場」から事件を捉えているのに対し、犯人の青年と同じ山陰の寒村から京都の寺に預けられたという似た経歴を持つ水上は、同郷の女郎となった少女との「色欲を超えたおたがい不幸をなめあうような宿命的な愛といつくしみ」を通して描くことができたと述べている」とも有ります。三島由紀夫と違う視点で

名作をYoutubeで聴く(43) 司馬遼太郎を聴く

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 今日の名作をYoutubeで聴くは日本を代表する時代小説作家の「司馬遼太郎」の作品を朗読で聴いてみることにします。筆者は時代小説が好きで、司馬遼太郎、宮城谷昌光、 陳 舜臣 の3人の単行本と文庫本が書架の大きなスペースを占めています。 最近は、老眼で、めがねが離せなくなり、益々、本を読むことが減ってきました 。 読みきれない量で、どうするか、次の世代に任せる予定です。 今日の 司馬遼太郎は車で30分ほどの所に記念館があり、何度か訪れています(図書館と同じぐらいの蔵書数に 驚きます) 。  ブログで採りあげてても、朗読作品が投稿されているか、不安を感じながら、Youtubeで検索し始めました。予想に反して、驚くほど、公開されていました。手許は近くの図書館で見つけた3点だけですので、大満足です。司馬 遼太郎の歴史小説、紀行文はお勧めの本がいくつかありますが、今日は、時代の利器を活用して、朗読で聴きことにします。  Youtubeで検索した結果を下に記しますが、短編小説などは、まだまだ、たくさん残っています。是非追加検索ください。人となり、作品などはウキペデアが詳しいので、一読ください。膨大な作品がでております。小説だけでなく、随筆、紀行文、対談、公演集があり、とても列記することは不可能で、小説の発行部数ランキング、20位の作品だけを参考までに記しております。  ウキペデアから「人となり」のエピソードを抜粋すると「 速読家として知られ、ある友人と家で話していたとき、その友人がコーヒーを1杯飲み終わるうちに、会話しながらであるにもかかわらず、文庫本くらいの大きさの本1冊を読み終わっていたというエピソードがある。この時読んでいたのは小説の資料(当事者の日記など)である。」とあります。  又「 資料集めへの執念はすさまじく、一度に何千万円単位という巨費を投じて買い集めた。司馬が資料を集め始めると、関連する古書が業界から払底したという逸話があった。当初は、軽トラックで乗り込み、古本屋に乗り込むや否や手当たり次第に乱読購入し、関係者らと荷台に乗せていったという。『坂の上の雲』執筆に際しては、神田神保町の神田古書店街の古書店主らに依頼し、「日露戦争」という記述のある本を片っ端から買い集め、当時同じ題材の戯曲を書いていた井上ひさしが古書店に行っても資料がなかったという逸話も残る。 」

続自由時間のクラシック(494) 不滅の巨匠100から大巨匠 Maria Callasを聴く

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 今日の続自由時間のクラシックは大巨匠シリーズの最後を飾る、オペラアリアで超有名なソプラノ歌手の「 Maria Callas 」からいくつか選んでみます。オペラは難しく、近寄りがたいジャンルですが、アリアも少し、予備知識を得ると、BGM感覚で愉しむことができそうです。このブログではこれまで40点ほどの代表的なオペラを採りあげ、聞いてきましたが、各オペラに登場する役者の女性が演技以外に、歌い手として、アリアとして歌うことはご存知でしょう。  各国の言葉、演目の違い、演目内・幕内で歌われるオペラは数多く、膨大にあります。例えば、プチーニの蝶々婦人の中で3つ有名アリア(①愛の家よさようなら、②ある晴れた日に、③可愛い坊や)があり、当然イタリア語で各場面に歌い続けられます。今日はそのアリア歌手の大御所といわれる「 Maria Callas 」のアルバムを選んでみます。手許には数枚しか、ありませんでしたが、Youtubeで検索すると、さすが、「 Maria Callas 」のアルバムは限りなく、投稿されています。是非、いくつかお試しください。  殆どが別途、 言葉を理解するには、 自国語に翻訳が必要なアルバムが殆どです。やはり、オペラの指南書で、オペラの概要・ストーリの大略を掴んで、音として、聴くと意外と楽に聞けそうです。出来れば、自国語の翻訳版が有れば、いいのですが。  ウキペデアで彼女の人となりをいくつかピックアップしてみました。 「カラスの特に傑出した点は、そのテクニックに裏打ちされた歌唱と心理描写と演技によって、通俗的な存在だったオペラの登場人物に血肉を与えた事であろう。持ち前の個性的な声質を武器にして、ベルカントオペラに見られるありきたりな役どころにまで強い存在感を現した。それまではソプラノ歌手のアクロバティックな聴かせどころに過ぎず、物語から遊離していた「狂乱の場」も、カラスにおいてはヒロインの悲劇を高める為の重要なドラマの一部となった。彼女によってそれまで廃れていたベルカントオペラ*が多く蘇演され、その作品の真価を多くの聴衆に知らしめた。特に、『ランメルモールのルチア』『ノルマ』『メデア』などは彼女によって本格的な復活上演が行われるようになったといっても良いくらいである。」とあります。(*美しい歌唱)  又「各地のオペラハウスに出演する一方、辣腕音楽プロデューサ

続自由時間のクラシック(493) 不滅の巨匠100から大巨匠 Fischer-Dieskauを聴く

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 今日の続自由時間のクラシックは筆者が最も苦手な分野の声楽曲のジャンルから400枚以上もアルバムに残している第一人者の「 Fischer-Dieskau 」のアルバムからいくつか採り上げて聴いてみることにします。今日は「 Fischer-Dieskau 」をブログで書くにつけ、一応、いくつかの指南書を読み、焦点がずれないないように、選曲をしました。  又、その②に声楽曲の名曲を整理してみました。不十分と思いつつ、凡そ86曲リストアップしてみましたが、いかがでしょうか、レコ芸500では38曲を声楽曲・宗教曲として、推されています。歌曲・宗教曲・合唱曲・オペラアリアが各国の言葉で歌われるので、その意味を知るには対訳が必須になる、ところが、他のクラシック音楽と異なる点であります。  指南書には「出来れば、対訳や歌詞大意を片手に耳を傾けると音楽が其処に込められた情感が理解できるはず」とあります。最近では名曲は対訳が日本でも、順次、進められており、ブログで公開されています。歌う機会と興味の全くなかった、筆者には、ハードルの高いジャンルで、極力避けてきました。  手許のアルバムは8枚と他のクラシックの大巨匠のアルバム数と大幅に少ない様です。補足するため、Youtube で検索した結果を下に記します。さすがに日本語の字幕付はなく、先ず、 ドイツ語の歌詞を英文の字幕付 から選定してみました。ドイツ語でもよいという方は字幕を消せば、ドイツ語ほかで歌詞無しで視聴するくことが可能です。最近は字幕付の画像が増えてきました。AIによる自動翻訳はもうすぐできる時代でしょうか。  ウキペデアから、 「 Fischer-Dieskau 」について少し、人となりを紹介しますと、「1951年、ロンドンのEMIアビー・ロード・スタジオにおいて、はじめてジェラルド・ムーアの伴奏ピアノでの歌曲のレコードを録音した。その際の曲目は シューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』 の全曲を含んでいた。二人は1952年1月31日、ロンドンのキングスウェイ・ホールにおいて、フィルハーモニア・コンサート・ソサエティのマイソール・コンサートで『美しき水車小屋の娘』を演奏した。 ジェラルド・ムーア はフィッシャー=ディースカウの最も重要なピアノ伴奏者であり、1967年のムーアの公演引退までしばしば演奏会や録音を行い、それらは

続自由時間のクラシック(492) 不滅の巨匠100から大巨匠Pablo Casals を聴く

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  今日の続自由時間のクラシックはバッハのチェロの楽譜を見つけ、長年かけて、演奏法を確立した、大巨匠の「 Pablo Casals 」のアルバムからいくつか選んで聞いてみます。さすがに、録音が古いですが、復刻、最復刻されて、アルバムがでています。1973年亡くなって、50年近くたちますが、今でも多くの人に聴かれている、偉大なチェリストと言えます。  手許のアルバムは30枚ほどで、さすがに、昨日の「 Rostropovich 」とアルバム量がことなりますが、「パブロ・カザルスの音楽を聴いたことのない人は、この弦楽器をどうやって鳴らすかを知らない人である」という時代にチェロの演奏法を長年かけて、確立したことで知られる。  人となりをウキペデアで調べてみると「カザルスは12歳でバルセロナの市立音楽院でチェロを学ぶことになるが、ホセ・ガルシアから教授されたチェロ奏法に当初から違和感を抱き、独自の奏法の追究を始めた。当時のチェロ奏法は、両ひじを両脇につけるという窮屈なものであった。この状態で、右手は手首を持ち上げ加減にして前腕だけで弓を扱い、左手は指の間隔を広げずにすべらせて音程移動させていた。このような奏法は、ヨーゼフ・ヨアヒム一門によるヴァイオリン奏法を機械的に模倣したものと考えられている。」とあります。 又、 彼は平和主義者でもあります。 「カザルスがカタルーニャ民謡『鳥の歌』(El Cant dels Ocells)を演奏し始めたのは、第二次世界大戦が終結した1945年といわれる。この曲には、 故郷への思慕と、平和の願い が結びついており、以後カザルスの愛奏曲となった。1971年10月24日、カザルス94歳のときにニューヨーク国連本部において「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、 ピース、ピース(英語の平和)と鳴く のです」と語り、『鳥の歌』をチェロ演奏したエピソードは伝説的で、録音が残され、多くのチェリストが演奏してる曲といわれています。」  今日は古さ、時間と視聴回数を気にせず、出来るだけ、Youtubeで彼の演奏作品を検索してみました。手許のホアイトハウスでの「 鳥の歌 」を聴きながらブログをまとめましたので、下のリストから「 Best of Boccherini 」、「 Brahms - Concerto pour violon et violoncelle 」