名作をYoutubeで聴く(40) 野坂昭如を聴く
今日の名作をYoutubeで聴くはユニークな作家を代表する、「野坂昭如」の作品をいくつか聴いてみることにします。昨日の山崎豊子と同じでYoutubeで検索しても、朗読作品が少なく、困った人を選んでしまったと反省しています。
しかし、ウキペデアを読むと、破天荒さを極めた人のようですが、人との繋がりを大事にするひとで①作家、②作詞家、③歌手、④タレント⑤政治家として、一時代を活躍した寵児の一人といえます。強烈な戦争体験を逆に取った生き方をした、作家でしょうか。
とにかく、ウキペデアを読むと面白い人生を送った方のようです。作家としても、膨大な作品を残しており、手許の「火垂るの墓」を聞きながら、彼の作品の中でいくつか、読みたい本もあるようです、しかし、テーマが難しいので、出来れば、やさしい作品をトライします。
「人となり」をウキペデアで、読むと「文壇界きっての犬猫好き、酒好きである。酒に関しては、高校時代に酔っ払って真っ裸で深夜の街を歩いたり、また大学時代に酔っ払って教室の窓から入ったり、などの武勇伝を残している。その後、1952年に自主的に精神病院に入院して治療をしてからは、酒乱の癖はおさまったという。
また、「趣味の雑誌『酒』昭和47年新年特別号」の付録「文壇酒徒番附」において、東方横綱に立原正秋と共に列せられている。ちなみに、東方大関三浦哲郎、池波正太郎、西方横綱梶山季之、黒岩重吾、大関吉行淳之介、瀬戸内晴美などがいる。」とあります。酒も人物交流の大事な要素であるようです。
作家になる前にも、永六輔、いずみたく、野末珍平等との交流もあり、また、「講談社の編集者・大村彦次郎と「酔狂連」というグループを結成」し、若手小説家との交流もあった」とあります。
今日のYoutubeの検索結果は 数少ない、「人物像」が中心ですが、いくつか朗読作品も見つかりましたので、「凧になったお母さん」、「火垂るの墓」と「野坂昭如さんからの「最後の」手紙」を聴いてみることにします。さすがに、選挙立候補演説はうまいですが、歌手の「野坂昭如」は聞くことはやめておきます。
野坂昭如の朗読をYoutubeで聴く
公開日 2021・10・17
作家名 野坂昭如
読み ナ行
音源 Youtube
出生地: 神奈川県 鎌倉市
死亡: 2015年12月
分類 現代小説
主な賞暦と作品 ウキペデアほかより抜粋
主な賞暦
・ 日本レコード大賞作詞賞(1963年)
・ 直木三十五賞(1967年)
・ 講談社エッセイ賞(1985年)
・ 吉川英治文学賞(1997年)
・ 泉鏡花文学賞(2002年)
・ 安吾賞新潟市特別賞(2009年)
主な作品
・ 『エロ事師たち』(1963年)
・ 『おもちゃのチャチャチャ』(作詞、吉岡治と共作)(1963年)
・ 『アメリカひじき』(1967年)
・ 『火垂るの墓』(1967年)
1980年以降の作品を抜粋
・ 『処女の時間』講談社 1980年
・ 『オペレーション・ノア』文藝春秋 1981年 のち文庫
・ 『東京十二契』文藝春秋 1982年 のち文庫
・ 『酒呑童子―お伽草子』集英社 1982年※絵本
・ 『背徳ごっこ』講談社ノベルス 1983年
・ 『三味線殺人事件 お多加師匠推理帖』講談社ノベルス 1984年
・ 『乱離骨灰鬼胎草』(らんりこっぱいおにばらみ)福武書店 1984年 のち文庫
・ 『行き暮れて雪』中央公論社 1984年 のち文庫
・ 『人称代名詞』講談社 1985年 のち文庫、文芸文庫
『好色の家』実業之日本社 1986年
・ 『東京小説』講談社 1990年 のち文芸文庫
・ 『名前のない名刺』講談社 1991年
・ 『妄想依存症』河出書房新社 1992年
・ 『同心円』講談社 1996年
・ 『ひとでなし』中央公論社 1997年 のち文庫
・ 『少女M』講談社 2000年
・ 『野坂昭如コレクション』全3巻 国書刊行会 2000-2001年
ウキペデアより抜粋 野坂 昭如(のさか あきゆき、1930年(昭和5年)10月10日 - 2015年(平成27年)12月9日)は、日本の作家、歌手、作詞家、タレント、政治家。放送作家としての別名は阿木 由起夫(あき ゆきお)、シャンソン歌手としての別名はクロード 野坂(クロード のさか)、落語家としての高座名は立川 天皇(たてかわ てんのう)。
手許CD(1) 火垂るの墓+アルファ
Youtube検索結果(人物像)
・ 朗読日和 「凧になったお母さん」野坂昭如作 朗読 福裕子 ★★
・ 野坂昭如の自己弁護小説 『火垂るの墓』 「昭如」と「清太」の違い
・ (朗読)火垂るの墓 ★★ 映画版がお勧め
・ 直木賞作家の野坂昭如さん死去!経歴と作品は・・
・ 野坂昭如さんからの手紙 2015年12月20日 永六輔 外山惠理 ★★
・ 野坂昭如さんからの「最後の」手紙 2015年12月7・14日
・ 野坂昭如 ミックスリスト ★(歌手 野坂昭如がご覧になれます。)
・ 吉田照美 学生時代の思い出を語る 学生運動、野坂昭如
・ [青い部屋酔客列伝・野坂昭如編]News(13.1.7)
・ 参【出口のシステム現代文「バイブル編」】問題7解説:野坂昭如『五十歩の距離』
・ 参【出口のシステム現代文「実戦演習編」】問題4解説:野坂昭如『「殺される側の論理」
についての解説文』
作家補足事項 1945年の神戸大空襲で養父を、下の妹を疎開先の福井県春江町(坂井市)で栄養失調で亡くした。後に福井県で妹を亡くした経験から贖罪のつもりで『火垂るの墓』を記した。終戦時から大阪府守口市などを2年間転々とする。なお、『火垂るの墓』の後、「空襲で父母をなくした」と長らく詐称していたが、養父は実際に空襲で行方不明となっていたが、養母は大怪我をしながら生きており、元から一緒に暮らしていた養祖母も健在だった。1983年6月の第13回参議院議員通常選挙に、第二院クラブの比例代表名簿1位として出馬し、同党が1議席を得たことで参議院議員に当選した。しかし当選から約半年後に、田中角栄がロッキード事件の1審公判において実刑判決を受けたことをきっかけとしておこなわれた12月の第37回衆議院議員総選挙に出馬するために議員を辞職。衆議院議員総選挙は落選した。
「凧になったお母さん」です。数少ない朗読作品です。 |
「火垂るの墓」です。映画版の方が視聴回数が多い。 |
「野坂昭如さんからの手紙」です。人となりが、聴けます。 |
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