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4月, 2022の投稿を表示しています

続自由時間のクラシック〔624〕現代の名VcニストMischa Maiskyを聴く

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  今日の続自由時間のクラシックは現在、世界で最も人気と実力を備えたVc奏者「 Mischa Maisky 」のアルバムをいくつか選んで聴いてみることにします。旧ロシアのリガ出身で18カ月投獄(姉がイスラエルに出国が遠因?)されたのち、アメリカに亡命をしたとあります。したがって、現在は米国籍で世界を演奏して巡っておられれます。 今日で、このシリーズも丁度50回目となり、大物に登場願いました。  来日回数も50回もこえておられ、年齢的には筆者と同年代ですが、演奏の素晴らしさには驚きます。まだまだ、素晴らしい、チェロの音色を聴ける演奏家です。このクラスの演奏家はチェロの名曲はほぼ全て、弾きこなし、録音されているかと思います。指南書のレコ芸500(2017)でも、16点も推薦されています。  このブログでは指南書の推すアルバムを中心にYoutubeで追加検索しております。幸いに今日もYoutubeのおかげで数多く、みつかりました。手許にも30枚近くありますが、10数年前に集めたもので、最近に画像付には劣ります、最近のHD画像は驚きで、CDを聴く機会が減りました。今日の「 Mischa Maisky 」の検索結果は下の通りですが、まだまだありそうです。是非、追加検索ください。 特に、アルゲリッチや娘さんとの共演のアルバムはお勧めです。 いつもの様に「人となり」を簡単に記しますと「現在もっとも活躍している世界的チェリストのひとりである。同じリガ生まれのヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルはマイスキーの1年先輩にあたり、クレーメル主宰のロッケンハウス音楽祭には定期的に出演している。」とありました。  「1966年、チャイコフスキー国際コンクール6位入賞。このとき、コンクールの審査員だったムスティスラフ・ロストロポーヴィチに才能を認められ、モスクワの自宅に招かれて指導を受けることになる。」 また、「1969年、姉がイスラエルに亡命したことにより、マイスキーの一家はソビエト当局の監視下に置かれることになり。1970年、マイスキーは逮捕され、ゴーリキー郊外の強制労働収容所で18か月間の生活を強いられる。師のロストロポーヴィチも別荘でアレクサンドル・ソルジェニーツィンをかくまい、ソビエト当局から演奏活動を停止させられている。出所後も兵役を命じられたマイスキーは、ユダヤ人医師に相談、医師

続自由時間のクラシック〔623〕現代の名ピアニストLang Langを聴く

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   今日の続自由時間のクラシックは中国出身の、若手ピアニストで、世界的にも有名な「 Lang Lang 」のアルバムをいくつか選んで聴いてみることにします。このブログでは、ヴェテランのピアニストの次の日は若手の演奏家と交互にお勧めしています。演奏に感情移入が入るのが、お好みでない方もおられますが、現在では実力的にも21世紀を代表数するピア二ストで数万人の観客の前での演奏、数百人の学生の集まりでの演奏などでも喜んで参画するひとです。  レコ芸500(2017)ではたった、3枚しか推薦されていませんが、次回(2022年)にはもっと多く推薦を期待したいピアニストでしょうか。手許も8枚ほどと少ないので、出来るだけ、時間を掛けて、Youtubeで検索してみました。結果は下の表のと通りとなりました。特集アルバムも含めて、30枚以上は視聴できそうです。最近の綺麗なHD画面もあります。是非、追加検索してお愉しみください。  「人となり」はウキペデア、公式HPに詳しく出ていますので、一読ください。いくつかピックアップしますと、「1999年、17歳のときに突破口が訪れる。ラヴィニア音楽祭のガラ・コンサートで、急病のアンドレ・ワッツの代理として、チャイコフスキーの《ピアノ協奏曲 第1番》を、クリストフ・エッシェンバッハ指揮するシカゴ交響楽団と共演。これがシカゴ・トリビューン紙によって、将来の嘱望される何年かに一人の逸材と評価された。」  「2001年、ユーリ・テミルカーノフとの共演によるカーネギー・ホールのデビュー演奏会でチケットは売り切れとなった。同年、フィラデルフィア管弦楽団と北京に演奏旅行を行い、BBCプロムスへのデビューは絶賛され、タイムズ紙上で「ロイヤル・アルバート・ホールのチケットは売り切れとなり、ランランは聴衆を席巻した」と報じられた。 2003年にプロムスの初日に再出演し、レナード・スラットキンと共演した。」とありました。 「世界的かつ、母国を代表するピアニストで、自叙伝は中国全土でベストセラーを記録している。また、ユニセフ親善大使にも任命されている。近年は、ダニエル・バレンボイムに本格的に師事していて、アルトゥール・ルービンシュタインがバレンボイムに伝授したルバート奏法などを教わっている。」ともありました。  今日は手許の特集版を聴きながら、ブログをまとめ、膨大な検索

続自由時間のクラシック〔622〕現代の名ピアニストAldo Ciccoliniを聴く

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   今日の続自由時間のクラシックはフランスのピアニストの「 Aldo Ciccolini 」のアルバムをいくつか聴いてみることにします。イタリア出身ですが、フランスに移住し、長く活動の中心をフランスで行ったとあります。「 Aldo Ciccolini 」といえばサテイが有名ですが、レコ芸500では17点も推薦され、日本人のプロの評論家の評価が高いピアニストの一人でしようか。2015年にフランスで亡くなられて、段々と歴史上から、消えていくピアニストの一人です。  手許には4枚だけでした。殆ど聴いた記憶のない、ピアニストで、この機会に指南書の推すアルバムをYoutubeで検索して聴いてみることにします。検索結果は下の表の通りですが、まだまだ、ありそうです。フランスの作曲家以外も数多くあります。是非、追加検索ください。  「人となり」をいくつかピックアップしますと「ナポリ出身。16歳のときサン・カルロ劇場にデビューし、1949年にパリのロン・ティボー国際コンクールに優勝する。1969年にフランスに帰化し、1970年から1983年までパリ音楽院で教鞭を執った。フランス近代音楽の解釈者ならびに擁護者として国際的に著名であり、サティ、ドビュッシーのピアノ曲全集を録音している。ほかに、アルカンやカスティヨン、マスネ、セヴラックらの秘曲も録音している。」とありました。  また「リストの演奏でも名高い。パテ・マルコーニ社やEMIなどに100点以上の録音を残しており、中でもモーツァルトやベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集が目立っている。」ともありました。 「1949年、ロン=ティボー国際コンクール優勝、翌1950年、カーネギーホール出演でセンセーションを巻き起こし、以来、エルネスト・アンセルメ、ピエール・モントゥー、ディミトリ・ミトロプーロス、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、シャルル・ミュンシュ、アンドレ・クリュイタンス、ジャン・マルティノン、ロリン・マゼール、カルロス・クライバー等名指揮者の数々と共演、 ピアノ界の重鎮として名を成す 。」と有りました。 今日は「 Suite Bergamasque 」を聴きながら、ブログを書き、検索したリストからサテイ以外の曲を抽出し「 15 pieces by Debussy 」、「  6 Consolazioni (Liszt)  」、「 B

続自由時間のクラシック〔621〕現代の名指揮者をFranz Welser-Möstを聴く

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  今日の続自由時間のクラシックはオーストリアのブルックナーの生地と同じリンツ出身の若手人気指揮者の一人、「 Franz Welser-Möst 」のアルバムをいくつか聴いてみることにします。60歳と一番実力の発揮できる年代の指揮者です。大物指揮者として、風格が備わってきたといわれています。  手許とレコ芸500では数枚のアルバムだけですが、Youtubeの検索ではかなりのアルバムがみつかりました。著作権上の制約か、全曲、投稿されている、アルバムは意外と少ないですが、それでも、随分そろいました。次のレコ芸500(2022年? ) シリーズでは数多くの 登場が期待できます。  男爵との養子縁組やロンドンフイルの解任のいきさつ、オーケストラ経歴なども興味ぶかいです、詳細はウキペデアほかを一読ください。「人となり」をいくつかピックアップしますと「1978年11月19日、シューベルト没後150周年記念日にシューベルトのピアノ五重奏曲『ます』の演奏のため会場に向かう途中、交通事故に遭遇して背骨を3ヶ所も折る重傷を負い、ヴァイオリニスト志望の断念を余儀なくされた。そして志望を指揮者に転向し、ミュンヘン音楽大学でヘルマン・ミヒャエルに指揮法を師事。1979年のカラヤン国際指揮者コンクールでは参加者中最年少ながら、セミ・ファイナリストの一人に選ばれる。」とありました。  又「1998年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演へのデビューを成功のうちに果たし、2002年からはアメリカの名門 クリーヴランド管弦楽団 の音楽監督を務めている。2010年には ウィーン国立歌劇場の音楽総監督に就任 した。総監督であった カラヤン以来約半世紀ぶりの地元オーストリア人指揮者 (この間ドイツ圏出身者もいない)の監督職就任であった。国立歌劇場のピットのみならず、ウィーン・フィル演奏会にもたびたび登壇した。2010年、ウィーン国立音楽大学指揮科教授に就任した。2011年と2013年にはウィーンフィル・ニューイヤーコンサートを指揮した。」ともありました。  ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの動画はYoutubeでもいくつか視聴できます。今日は数少ない手許のアルバム「メンデルスゾーンの交響曲」を聴きながら、ブログをまとめ、Youtube検索リストから聴く機会が少ない曲から「 Suppé -

続自由時間のクラシック〔620〕現代の名指揮者Wolfgang Sawallischを聴く

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  今日の続自由時間のクラシックはドイツ出身の指揮者の「 Wolfgang Sawallisch 」のアルバムをいくつか選んで聴いてみることにします。N饗での指揮も長く、日本では良くご存知の指揮者です。ドイツの指揮者ではベルリンフイルで指揮できることが、夢でありますが、帝王カラヤンの推薦で「ウイーン国立歌劇場」の指揮を依頼されたが実力がないと遠慮して、断ったため、逆鱗にふれ、ベルリンフイルに客演でも招かれる事がなかったそうです。歌劇で有名なメトロポリタンオペラ歌劇場でも振ることがなかった。ともあります。  指南書*では窮極の職人芸をもつ、指揮者に分類されて、評価は低いコメントがありました。既に亡くなられて、10年近くたち、段々、忘れ去られる指揮者の一人でしょうか。手許にはシューベルト、シューマン、ドヴォルザーク の交響曲など、7点も集めていました。レコ芸500では17点も推されており、充分、巨匠としての評価が高い指揮者です。これまで、一度も聴いた記憶がない、指揮者で、改めて、聴きなおすことにします。  Youtubeで高い評価のアルバムを中心に検索することにしました。結果はいくつか、指南書の推すアルバムは見つかりませんでしたが、下のリストの通りで、驚くほど、検索できました。ドイツ系作曲家のベートーヴェン、シューベルト、シューマンの交響曲集はほぼ揃っている様です。  「人となり」をいつもの様に簡単にピックアップしますと「歌劇場での活躍の一方で、オーケストラの音楽監督としても活躍し、ウィーン交響楽団やハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団の首席指揮者を歴任した。スイス・ロマンド管弦楽団では創設者エルネスト・アンセルメ亡き後のオーケストラの再構築に尽力した。1971年からはバイエルン国立歌劇場の音楽監督(1982年から1992年は音楽総監督)に就任した。若手の逸材歌手を積極的に登用し、出演者の相対的な若返りに成功した。1988年には、ミュンヘン・オペラ・フェスティバルにおいて、リヒャルト・シュトラウスのすべてのオペラを上演して話題を呼んだ。 」とあります、  又「NHK交響楽団において、1967年に名誉指揮者、1994年に桂冠名誉指揮者となった。N響とは定期公演のほか、海外公演や二期会と組んだオペラ上演などでも大いに活躍した。また、N響の節目節目の