京都撮り歩き(65)洛南の勧修寺を巡る

 今日の京都撮り歩きは洛南の勧修寺を巡ってみます。この寺は京都案内書などに紹介されることが少なく、知名度が低い様ですが、醍醐天皇の母親にゆかりのある寺で、14世紀頃から、法親王の入寺がつづく格式高い門跡寺院です。池泉庭園としては洛南を代表するお寺でしょうか。
 昨日の醍醐寺との確執により、一時期、凋落しますが、江戸幕府の庇護により、寺観を建て直し、現代にいたっています。代表的な建物は珍しい紫宸殿(御所から移設されたもの)と氷室池園の観音堂でしょう。
春から夏には杜若、花菖蒲、睡蓮が咲き、池泉庭園の蓮は池を埋め尽くすほどで見事です。この他、白梅、八重桜、藤、泰山木などもごらんになれます、紅葉の頃、も見事なです。花好きな方には特にお勧めの寺です。
池畔の回遊路入り口の表示には驚きますが、一部崩れやすいところも有りますが、順路に沿って、充分、回遊できます。
ここの「勧修寺灯籠」は水戸光圀寄贈の優雅な形の石灯籠で有名です。お忘れなくごらんください。正門にいたる、参道の築地塀も素敵です。桜の季節になると、白とピンクのコントラストが絵になります。
尚、明日は地下鉄小野駅反対側の随心院(小野の小町で有名)をご案内します。

今日の寺社データ


ブログ公開日                              2020/6/27
登録番号京都撮り歩き(65)
場所名修寺
魅力メモ ウキペデア勧修寺は、京都市山科区にある門跡寺院。真言宗山階派大本山。山号を亀甲山と称する。開基は醍醐天皇、開山は承俊、本尊は千手観音である。寺紋は裏八重菊。皇室と藤原氏にゆかりの深い寺院である。「山階門跡」とも称する。
アクセス・連絡先       地下鉄東西線小野駅から徒歩で6分
行き先分類洛南の寺社
エリア分類11-2
醍醐寺とその周辺を訪ねる
足を伸ばして一緒にいかが醍醐寺、観修寺、随心院
追加エピソード寺名は「かんしゅうじ」「かんじゅじ」などとも読まれることがあるが、寺では「かじゅうじ」を正式の呼称としている。一方、山科区内に存在する「勧修寺○○町」という地名の「勧修寺」の読み方は「かんしゅうじ」である。1872年10月30日(明治5年9月28日)から1881年(明治14年)6月にかけて勧修寺内の一部が勧修小学校として使用されていた。
鑑賞ポイント書院(重要文化財)、勧修寺棚、近江八景図、勧修寺型灯籠
行事・特別公開春の特別公開時は宸殿・書院・本堂の内部の拝観ができる
お勧め建物宸殿、書院、五大堂、本堂
特殊建物
お勧め文化財
お勧め仏像
お勧め絵画国宝刺繍釈迦如来説法図(奈良国立博物館蔵)は勧修寺繍帳
お勧め庭庭園は、氷室(ひむろ)の池を中心とする池泉回遊式。書院前庭には水戸光圀寄進と伝える石灯籠があり、勧修寺型灯籠
パワースポット
花暦 花・時期
京都観光NAVI真言宗山階派大本山。醍醐天皇の勅願寺。900年(昌泰3)天皇の生母藤原胤子追善のため創建。開基は承俊律師。1470年(文明2)兵火で焼失したが、徳川氏と皇室の援助で復興。代々法親王が入寺、門跡寺院として格式を誇った。宸殿、書院(重文)は明正天皇の旧御殿を移築。国宝刺繍釈迦如来説法図(奈良国立博物館蔵)は勧修寺繍帳とも呼び、当寺に伝わったもの。庭園は、氷室(ひむろ)の池を中心とする池泉回遊式。書院前庭には水戸光圀寄進と伝える石灯籠があり、勧修寺型灯籠として知られる。建立:900年(平安時代(昌泰3))年頃
その他情報1山門へ至る参道の両側には白壁の築地塀が続き、門跡寺院の格式を表している。境内東側には手前から宸殿、書院、五大堂、本堂などが建つ。境内西側は氷室池を中心とした庭園であり、池に面して楼閣風の観音堂(昭和初期の建立)が建つ
その他情報2 
公的案内 

修寺」正門です。白壁の築地塀が続き、
門跡寺院の格式を表している。
桜の時期は白とピンクが特に素晴らしい

立派な紫宸殿です(移設されたもの)洛南にもあったのです。

氷室池園の観音堂です。蓮の咲き初めに訪れました。
境内詳細はスライドをごらんください。
                
                     
        

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