京都撮り歩き(82)東山山麓の南禅院と天授庵を巡る

 今日の京都撮り歩きは前回の南禅寺の境内にある、南禅院と南禅寺塔頭*の一つの天授庵を巡ってみます。紙面の関係で、金地院も今週、ご紹介しておきたいので、2寺を同時としました。少し見ずらいですが、容赦ください。 時間的にはどちらも30分程度で巡ることが可能ではないかとおもいます。
 南禅院は水路閣を抜けると、すぐに正門が有ります。古い時代のお庭です。夢窓疎石が作庭したと伝わる池泉回遊式庭園。国の史跡および名勝に指定されています。深い山がせまる土地に建てられた方丈の前に池(心字池)があります。亀山上皇の離宮で、南禅寺の発祥の地といわれています。観光客も少ない、静かな佇まいのお寺です。応仁の乱で焼失し、徳川五代将軍綱吉の母、桂昌院の寄進で再建されました。 
 もう1箇所、天授庵です。こちらは南禅寺の境内にある見学可能な塔頭の一つで、三門の前あたりに入り口があります。知らずに通りすぎる方も多いようです。細川幽斎の菩提所として、再建されたとあります。
 趣の異なった庭が愉しめます。枯山水庭園の幾何学的な縁段の敷石と砂紋と苔の意匠が素晴らしく、方丈の前でしばし、脚が止まります。書院南側には池泉庭園が配置され、滝口、木橋、石組の妙が素敵です。特に、桔梗の花咲くころがお勧めです。内部に長谷川等伯*の。宗の逸話を取り上げた「禅宗祖師図」(16面)のほか「商山四皓図」(8面)「松鶴図」(8面)からなる襖絵があるようです。(通常非公開)

*塔頭もあわせて、を見学しましょう。
 京都の大寺院には多くの塔頭を配下に持っています。これらの塔頭の中には時々、特別公開として、庭、襖絵、秘宝などが、拝見できます。全く非公開の塔頭もあります。事前に特別公開日と公開内容を調べて、本山と共に、巡ることをお勧めします。筆者も見落とした有名な塔頭が多くあるようです。

**長谷川等伯の 障屏画については次の資料が詳しいので、参照ください。
  ①原色日本の美術 第13巻 障屏画 小学館 (天授庵、金地院)
  ②長谷川等伯展覧会資料 東京国立博物館他編集 重文禅宗祖師図」「商山四皓図」重文

今日の寺社のデータ
  両寺院の境内詳細写真はスライドをご覧ください。
   
 ①南禅院

ブログ公開日
2020/9/5
登録番号
京都撮り歩き(60)
場所名
南禅院
魅力メモ ウキペデア
南禅院(なんぜんいん)は、京都市左京区にある臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の別院である。南禅寺の発祥地といわれている。門前には琵琶湖疏水事業の一環として建設された水路閣が通る。
アクセス・連絡先
蹴上駅(京都市営地下鉄 東西線)下車。1号出口から徒歩5分京都市営バス5系統「南禅寺・永観堂道」バス停下車徒歩8分
行き先分類
東山山麓の寺社
エリア①-1
南禅寺から銀閣寺への道
足を伸ばして一緒にいかが
南禅寺、金地院、天授庵、南禅院、無鄰菴 
追加エピソード
上の御所に弘安10年(1287年)建立された持仏堂を南禅院と号した。明徳4年(1393年)以降、たびたび火災に遭い、応仁の乱以後は荒廃していたが、元禄16年(1703年)に桂昌院(徳川5代将軍・徳川綱吉の母)によって再建された[1]。
鑑賞ポイント
行事・特別公開
お勧め建物
方丈 元禄16年(1703年)に桂昌院によって再建され、内部の襖絵は狩野派によるものである。亀山法皇廟所(宮内庁所管)
特殊建物
お勧め文化財
お勧め仏像
お勧め絵画
お勧め庭
夢窓疎石が作庭したと伝わる池泉回遊式庭園。国の史跡および名勝に指定
パワースポット
花暦 花・時期
京都観光NAVI
亀山天皇は、正応2年(1289)離宮で出家して法皇となられ、離宮を寄進して禅寺とし大明国師を開山とされました。ここは離宮の遺跡であり、また南禅寺発祥の地です。庭園は当時のおもかげを残し、鎌倉時代末の代表的池泉回遊式で、周囲を深い樹林で包まれた幽玄閑寂の趣は格別である。作庭は亀山法皇ともいわれ、早くから、京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されています。
その他情報1
南禅寺の塔頭寺院である南禅院は、南禅寺の発祥地といわれている。京都では唯一といわれる鎌倉時代作庭の庭園があり、鎌倉時代の第90代・亀山天皇が自ら作庭し、日本初の作庭家ともいわれる夢窓疎石(むそうそせき)が完成したと伝わる。国指定名勝と国指定史跡の歴史ある寺院である。
その他情報2
 庭園は離宮当時のおもかげを残し、鎌倉時代末の代表的池泉回遊式庭園で、周囲を深い樹林で包まれた幽玄閑寂の趣は格別である。 向かって左の奥に滝口の石組が組まれ、これに続く上池は曹源池と呼ばれ竜の形に作られ中央に蓬莱島があり、下池には心字島が設けられている。記録によれば築庭当初には、吉野の桜、難波の葦、竜田の楓等が移植され、井手の蛙も放たれたと記されている。心静かに鑑賞する庭園である。」とある。
公的案内資料

「南禅院全景」水路閣を抜けると、山懐にある南禅院の正門に出てきます。

静かな空間の中の池泉庭園 境内はスライドもご覧ください。
池は方丈の南・北の2箇所にあります。

平安時代を彷彿させる、池には大小の島が設けられています。
 ②天授庵

ブログ公開日
2020/9/5
登録番号
京都撮り歩き(82)
場所名
天授庵
魅力メモ ウキペデア
天授庵(てんじゅあん)は、京都市左京区にある臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の塔頭。
アクセス・連絡先
蹴上駅(京都市営地下鉄 東西線)下車。1号出口から徒歩5分京都市営バス5系統「南禅寺・永観堂道」バス停下車徒歩8分
行き先分類
東山山麓の寺社
エリア①-1
南禅寺から銀閣寺への道
足を伸ばして一緒にいかが
南禅寺、金地院、天授庵、南禅院、無鄰菴 
追加エピソード
南禅寺開山の無関普門は正応4年12月12日(1292年1月3日)に東福寺龍吟庵で示寂した。南禅寺山内に開山の塔所がないことを遺憾に思った虎関師錬は、暦応2年(1339年) に光厳上皇から塔所建立の勅許を得、翌年天授庵が建立された。戦国時代には衰退したが、慶長7年(1602年)に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興された
鑑賞ポイント
行事・特別公開
お勧め建物
方丈 細川幽斎により再興された柿皮葺屋根の建物で、内部は長谷川等伯筆の障壁画で飾られている。
特殊建物
お勧め文化財
お勧め仏像
お勧め絵画
長谷川等伯筆の障壁画 *襖絵は非公開
お勧め庭
方丈前庭(東庭)菱形の畳石が横切る枯山水庭園
パワースポット
花暦 花・時期
桔梗
京都観光NAVI
1339年(暦応2)光厳天皇の勅許により虎関師錬が南禅寺開山無関普門(大明国師)の塔所として建立。1602年(慶長7)細川幽斎が再興した。方丈の襖絵は長谷川等伯の筆で重文。池泉を主にした庭と枯山水と二つの庭園がある。有料
その他情報1
南禅寺塔頭。南禅寺三門の南側に立ち、細川家の菩提所。新緑と紅葉の季節を含め、通年公開されている。寺宝には非公開ながら重要文化財細川幽斎夫妻の肖像画と重要文化財長谷川等伯襖絵32面がある。また池泉回遊式と枯山水のふたつの庭園があり、秋には庭園のライトアップが催される。
その他情報2
天授庵は南北朝時代序盤の1339年、南禅寺の開山・大明国師こと無関普門禅師を祀るために光厳天皇の勅許により建立。しかしその後の応仁の乱で焼失。
公的案内資料
桃山時代に細川幽斎の援助を受けて現在も残る本堂(方丈)、旧書院、正門などの伽藍が整備されました。建物内は非公開なので見られないのですが、国指定重要文化財となっている長谷川等伯の襖絵などが残るそう。また中興の祖である細川幽斎の夫妻の墓所も残り、国重文の『絹本着色細川幽斎像・婦人像』も所有しているそうですがこれらも非公開
天授庵庭園
方丈前庭(東庭)
白砂の庭を苔に縁取られた菱形の畳石が横切る枯山水庭園で、切石を組み合わせた直線的な構成は小堀遠州の発案である。
書院南庭
杉や楓が鬱蒼と茂る池泉回遊式庭園で、明治時代に改修されているが南北朝時代の面影を残す

「天授庵」です。丁度、南禅寺三門の前あたりに正門があります。

天授庵書院です。内部の緋毛氈が生えます
三島由紀夫の小説「金閣寺」に出てきます。

書院内部は特別公開時のみ入館可能 
長谷川等伯の襖絵があります。望遠で撮りました。

方丈前の幾何学模様の枯山水の庭です。池泉式の庭園及び境内は
別途、スライドをご覧ください。


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